お侍様 小劇場 extra

     “真っ赤を どうじょvv” 〜寵猫抄より
 


連休中は何とか保
(も)ったお天気が、
辛抱たまらず どっと崩れた数日ほど。
世間を騒がすインフルエンザの不吉な影を想起させるよな、
薄ら寒さも戻って来たものの。
週末はまたぞろ、初夏のような陽盛りが復活し、
干し出した洗濯物もお布団も、
ふっかふかな仕上がりになりそうな嬉しい予感。

 「う〜〜〜〜んっ。」

シーツだカバーだ、上掛けだ、
家中のリネン類を引っぺがすようにして掻き集め。
2回に分けての洗って糊づけをしたものを、
元気よく広げて叩いて、お庭の物干しへときれいに干したの、
大きく背伸びをしつつ、満足げに見やった七郎次。
今のところは風も涼しく爽やかだけれど、
昨夜のニュースじゃ、今日もまた、
真夏日もかくやというほどの、結構な気温になるとのこと。

 “うん。布団は早めに取り込もう。”

寝苦しいほど暖めるのも何だしねと、
そんなことを わざわざ心へ刻む辺り、

  ……今日もさしたる予定はない秘書殿であるらしい。

彼が秘書としてその補佐を務めている、幻想小説家の島田せんせいは、
現在 某誌の夏の特別号へ掲載予定の、
読みきり単発作品への執筆に取り掛かっておられ。
締め切りを前にして、
もはや資料や何やも不要な、
ラストスパート状態に身を置いておいでなので、
生活の世話以上に七郎次が手を貸せる段階ではなくて。
それが片付き次第、
シリーズものの連載が秋から始まるのへの準備に入るのだとか。
取材にと北の方の何処ぞかへ行くとかどうとか、
時たま編集の林田くんと連絡を取り合っては、
夏の予定を詰めてるらしかったものの。
具体的な予定や日程というところまでは、
まだまだ話が煮詰まってはないらしい。
実際の手配の段階に移るようならば、
ちゃんと知らせてくださいねと言ってあるのだが、
辣腕秘書殿 七郎次の本領発揮となるには、
まだまだ少々、日がかかりそうかも。

 “…ってことは。”

執筆活動以外にも、
講演だの企画だのという依頼が、
各方面から目白押しの島田先生ではあるものの。
無理に引き受けても、
こなせなければ相手へ迷惑をかけかねぬという基本方針、
勘兵衛からきっちりと預かっている秘書殿が、
応対の段階できっちり厳選しまくりの、
今のところは丁重にお断りを入れ続けており。
よって、

 “今月の残りは のんびりと過ごせそうかな。”

そんな雲行きなこと、
これまでの蓄積から何とはなく算段している彼であったりし。
と、なると


  「………
ふふ。///////」


あああ、何か思い出してませんか、お兄さん。
(笑)
木陰を梳くようにして吹き来る涼風が、
陽の光を集めたような金の髪をさやさやと撫でてゆき、
白いお顔には相性のいい、夢見るような青の双眸が、
柔らかな笑みを浮かべて瞬いて。
すっきりと絞られた長身は、
腕脚の長いところが、素晴らしい均整にて見栄えよく収まっており。
何の変哲もない、Tシャツに綿パンという砕けた恰好へ、
ずんと着馴らしたそれだろう、
ストーンウォッシュ風のデニム地のシャツを、
カーディガンのように羽織っただけという、いかにもざっかけない普段着姿さえ、
映画かドラマの中の一シーンのように決まって見えるお人だというに。

 「久蔵、洗濯終わったよ♪」

お待たせお待たせ、今日は何して遊ぼうか。
足元への注意がおろそかになるから、
小さな坊やがそんな彼の足元をちょろちょろし、
万が一にも踏んでしまったら一大事…と。
洗濯物と格闘中の七郎次には近づいちゃダメだと言い置いたの、
ちゃんと守った仔猫を、どこだいおいでと呼んでいる様子の、
何とも…ゆるんでおいでなことだろか。
(笑)
これでも一応は、槍だの合気道だのの格闘技やら体術やら、
一通りは収めておいでの、頼もしいお兄さんだってのに。
そっちもある意味、見かけによらない 剛にして鋭な要素なの、
一気に相殺して余りあるくらい。
相好やわらげ、甘いお声で、何処だおいでと呼ばわれば、


  ―― にぁん♪


金の鈴を転がすような、とは、正にこの声を言うのだと。
親ばか丸出しで疑ってやまぬ、
愛らしくも甘く軽やかなお返事が、どこからか聞こえて来。
芽吹きの最中、瑞々しい若葉の発色も鮮やかな、
サツキの生け垣の向こうから、
微かに“にゃあにゃ”と愛らしいお返事が聞こえてる。

 「久蔵?」

普段は見えるところで遊んでいるのに。
ふわり、前髪ゆらす涼風に、やわらかな頬をつつかれては。
何に見とれてしまってか、お空をいつまでも見上げていたり。
ひょこりと小首を傾げての、傾げすぎてのこと。
その小さな身ごと、こてんと横へコケることもある、
可愛らしくも愛くるしい、金髪紅眼の王子様。
今日は 久々のお洗濯で、干すのにも長くかかっちゃったからだろか。
蝶々でも追っかけた末なのか、
七郎次からは ちょこっと離れたところへまで、
とてちて、一人で遠征にと運んでいたらしく。
そちらの方から ほてほてやって来るのを、
ただ待つのも もどかしいと。
柔らかな芝草踏んで、七郎次の側からも足を運べば、

 「あ………。」

この何日かの暑さのせいでか、
小さな小さな赤のボレロは、今朝から見えなくなっており。
白ともパールホワイトとも解
(と)れる色合いの、
不思議な感触のするいで立ちの、
小さな王子が姿を見せた…のだけれども。

 「みゅう…。」

軽やかに躍る髪が、ふくふくした頬をくすぐるのも厭わずに。
何にか気を取られ、いやさ、一心に集中しての、
よっこらおっちら、日頃以上に覚束ない足取りで、
こちらへとやって来る、小さな小さな坊やであり。
薄い肩の上、少々小首を傾げ気味なお顔が、
そりゃあ神妙に見つめているものがあって。
自分の胸元に、
小さなお手々が挟むようにして掲げているそれこそは…。

 “…カーネーション?”

それも、結構 大きな花で、
掲げている久蔵の口許が、すっかり隠れてしまっているくらい。
ガーベラやばらと組み合わせても、
引けを取らないんじゃないかというほどの代物で。
それを一輪、
聖歌隊の坊やがキャンドルでも掲げているかのような構図にて、
胸の前へと何とか…掴むことには不慣れなお手々で左右から挟み込み、
よいちょよいちょと こちらへおいで。

 「あ。」

虚を突かれてしまっていた七郎次が、それでも何とか我に返り。
まだあと数歩以上はあった間合い、彼の側からも詰めて差し上げれば。
視線は懸命に手元へと集中していた坊やだったが、気配や匂いで判るのだろう。
間近になった七郎次へ、やっと到着ということか、
足を止めると ふにゃりと微笑い、

 「みゃう・にゃvv」

どーじょvvと聞こえたくらいの いいお声と、
ルビーのような赤い眸たわませた、
とびっきりに甘い甘い、柔らかな笑顔とで。
小さなお手々で運んで来た真っ赤なお花、
七郎次のお顔へ向けて、ひょいと差し出した坊やだったりし。

 「え? え?」

自分のお膝へ手をついて、
坊やと視線を合わせかけていた七郎次。
思わぬ行為へ…ついのこととて表情が固まる。
これってやっぱり“どうぞvv”ってことなのかなぁ?
でもでも、
今日のカーネーションの意味、久蔵は知っているのかな?
それに、このお花は一体何処から持って来たの?
ウチの花壇ではあいにくと育てていない。
今時だと百円じゃあ収まらないだろ、
大きさも色の深みも立派な一輪。
よもや 何処かご近所のお庭から、かぷりと齧って持って来たとか?

 「きゅ、久蔵? これって…。」

無意識のうち、その手へ受け取っていた七郎次が、
その花越しに…微妙なお顔で愛し子を見やってしまったそこへ、

 「安心しなさい。どこぞから引き抜いて来たのではない。」
 「あ…。////////」

あやや、何を案じたかまで お見通しですかと。
坊やのおイタを疑ったことまで含め、
至らぬ身だったのへと真っ赤になった女房殿へ、

 「さっき届いたのでな。久蔵に一輪、先に渡させようと思ったのだ。」

そんなお言いようとともに、久蔵がやって来た方向、
母屋のお勝手のドアのある方から姿を見せたのは。
草色のサマーニットという、初夏向きのカーディガンを羽織った、
執筆中だった筈の御主ではないか。

 「届いたって…?」

竹刀を振ることで、武骨に重くと大きくなったその手には、
ややもすると似合わぬ代物、可憐な春色ブーケを持参しておいで。
当人も照れ臭いのか、それを見下ろすことで視線を逸らすの誤魔化しながら、

 「儂から“母の日”と祝うのは理屈がおかしいが、
  久蔵からなら不都合もなかろう。」

お花が好きな恋女房。
ご当人の嫋やかな風情にも、そりゃあよく映えてのお似合いで。
せっかく花を贈る日なのだしと、わざわざ取り寄せた勘兵衛だったらしく。
そしてそれを贈る“プレゼンテイター”には、
日々 愛しんでいる仔猫さんが打ってつけだろと、
メインのカーネーションをまずはと彼に託したらしい。

 「にゃあっ♪」

お膝をついて向かい合う格好のまま、
まだどこか呆然としている“おっ母様”へ。
小さなお猫さんが“えいっvv”と飛び込んでの抱っこをせがみ、

 「あわわ…。////////」

ああ、せっかくの花が潰れると、
とっさに片手は頭上へ掲げ、残りの手で受け止めた坊やを、

 「………………久蔵。」

きゅうと抱き締めての、それからそれから。
勘兵衛様も、と、付け足すと、
ありがとございますと、小さなお声で返した秘書殿の。
羽織ったシャツの藍の裾、皐月の涼風がくすぐって、
ひらり ひるがえった、みどり目映い朝の一景だったそうな。






  〜Fine〜  09.05.10.


  *こっちでもいよいよの“ママ”です、七郎次さん。
   凛々しくも男らしいシチさんは、
   …ま、まあ、他のお話で頑張ってみましょう、うん。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv**

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